資料読み

資料漬けにならねばならない時期なのに、なんだかぼーっとしてはかどらない。集めるだけは今回も20冊くらいは集めたのだが、ほかの本を読んだり、DVDを見たり。湿度が高いせいか、気合が入らない。
仕方ないので、近所の喫茶店に行くことにする。誘惑を絶って、ただひたすら資料を読む態勢にする。
これはなかなかよい。仕事場を、自宅以外に設ける人がいるのがわかります。どうしたって、家だとリラックスしてしまうもんね。

まあ、それはともかく、来週、業界関係の友人に会う予定なので、それまでに溜まった資料を読んでしまおう。資料を読みながら、取材の方向性も決めなきゃいけないし。
というわけで、DVDなんか見ている場合じゃないのだ>自分。

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5作目の準備

5作目の取材が始まる。
取材は楽しい。知らない世界のことを教えてもらうのは、いつもわくわくする。
ことに、その道のプロの人に仕事の話を聞かせてもらうのは、とても興味深い。小説を書くという大義名分があるおかげで、いつもは会うことのない人たちに堂々と会えるのだ。この特権を利用せず、なんとしよう。そのために、いろいろ準備も必要だが、頑張っていい取材をしようと思う。

ところで、次の小説のBGMに使いたいと思った曲は、ジョン・フォガティの「センターフィールド」らしい。出だしの部分はすごく有名なので、聴けば知っている人も多いと思います。あんな感じの曲にしたかったけど、残念ながらうちにはそのCDはなかった。わざわざ買うほどのこともないし、ほかの、持ってる曲で間に合わせようと思う。
近いイメージなのは、ブルース・スプリングスティーンの「SHERRY DARLING」かな。要するにあまりソフィスティケーションされていない(褒め言葉です)、泥臭いアメリカンロック。男でないと歌えないような雑駁な、妙な明るさのあるロック。今度の作品は、そんなイメージで。初めて男の主人公ということもあるし、仕事の現場のある種、粗雑な感じが出せれば、と思う。いいや、スプリングスティーンで。
どうせだったら、好きなアーティストの曲がいいし。そうしちゃえ。

そうして、スプリングスティーンばっかり聴く毎日がこれから始まるのだった。

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資料集め

まだ原稿チェックの返事待ちは続いていますが。

5作目のプロットのOKが出たので、資料集めに取りかかる。
なるべくなら新刊書店で私は本を買うようにしているのだが、資料になるような本は意外に高いし、特殊な本なので、どこにでも売っているわけではない。それで検索が便利なネット書店の古本を利用し、とりあえず5冊ばかり購入。これからぼちぼち予備取材も始める。編集の方が参考になりそうなDVDも貸してくださったりしたので、それを見たりもする。
どんどん頭がそちらの方になっていく。

問題はBGMを何にするか。私の場合、小説のBGMを決めることも、準備のうち。前回は、BGMに本当に助けられた。小説のテーマと決めた曲を、1000回とは言わないが、700から800回の間くらいの回数は聴いていたと思う。小説の雰囲気もその曲に近いものになったんじゃないだろうか。
今回は、できればロックで行きたい。前回が泣きの曲だったので、次は明るく、馬鹿馬鹿しい感じのがいい。Centerpollって、誰の歌でしたっけ(邦題は忘れた)。あんな感じがいいんですけどね。とにかく回数聴くので、なるべく好きな曲にしたいです。

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資料集め

前回の「ブックストア・ウォーズ」を書いた時は、それなりに資料を集めました。やっぱり知らない業界のことを書くのであれば、ちゃんと研究しなければ、と思います。
しかし、今回はまた編集者の話なので、資料本は一切読んでいない。仕事の内容はまあ、わかるし、それぞれの編集部でローカルルールがあることも知っているので、小説の背景に書くくらいはなんとか描写できる。

むしろ今回は風俗的なことを調べました。たとえば、お洒落な男の着る服って、どんなだろう、とか。青山近辺で夜遊びするとしたら、どんなところがいいだろう、といったこと。息子が持っていた「ファインボーイ」のような雑誌も参考にしましたが、この程度であれば、ネットが役に立ちますね。何か音楽を演奏しているようなレストランはないかな、と思ってグルメ情報を検索すると、いくつか出てくる。「ブラジル料理で、サンバの生演奏をしているお店」というのを見つけて、その情報を読んでみる。1軒だけでなく、同じような店を3,4軒チェックし、その写真と文章の説明を読んで、小説に出てくる店はきっとこんなだろうと想像を膨らませる。
小説のキーになるような場所であれば、自分がよく知っている店を選ぶか、足を運んで確認しますが、1シーンくらいしか出てこない場所であれば、それで十分書けちゃうんですね。具体的なメニューの名前をちらっと出せば、それで臨場感も出るし。

これがネット出現以前は、たいへんだっただろうな。こんなことひとつ調べるにも、本屋に行ってグルメ雑誌を探さなければならないし、そういう本はたいていは地域別になっているから、生演奏の聞ける店ということでは検索はしにくいし。
なにより、ちょっとしたシーンを書くために、パソコンの前を離れて本屋に探しに行くという作業が苦痛だろうと思う。だったら、もうちょっと手の内の店にしてしまえ、ってことになるだろうな。
いやはや便利な時代になりました。もちろん、パソコンで調べられることには限界があるし、全面的に頼るつもりもないけれど、この程度の風俗的なことだったら、むしろ雑誌よりも便利だ、と今回は痛感した次第。

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取材4

取材ということでいえば、新潮社の営業部の方々にもたいへんお世話になった。取材の段取りも組んでいただいたが、営業の仕事についてもいろいろお話を伺ったのである。書店の仕事の場合、版元(出版社のことを、書店の人たちはこう呼ぶ。これも取材を始めてから知った)との付き合いはかかせない。書店の人と版元の営業マンがどのように付き合っているのか、知りたかったのだ。

かつて15年も出版社に勤めていたのだが、私の場合、編集一筋。営業の仕事はわかっているようでそうでない。改めて営業の仕事について伺うと、実に新鮮だった。営業マンが書店さんとどう付き合っているか。親しい関係を築きつつ、一方で駆け引きをするというそのやり方。オフタイムにどんな付き合いをしているかなどのお話はとても参考になった。小説とは直接関係ないが、かつての地方書店さんとの人間的な付き合い方、それが変わっていった経緯などもとても興味深かった。
また、新潮社は「白い犬とワルツを」で、書店POP時代のきっかけを作ったと言われる版元だ。幸い、その営業担当の方のお話も伺うことが出来た。どんな風に書店さんの意見をくみ上げ、それを広げてヒットに繋げて行ったか。結果だけ見ればすごいが、やっていることは地道な作業の積み重ねだ。仕事っていうのはそういうものだろう、と思う。人は結果だけを見て、あの人は運がよかったとか、うまく立ち回ったと言うが、実はそうではない。人が面倒がるような作業を地道に積み重ねたことが、結果的には大きな成功をもたらすことの方が多いのだ。あの本を取り上げた本屋さんも偉いが、それを広げる努力をした営業さんの力がなければ、あのような大ヒットには繋がらなかったと思う。

営業部の方に取材をさせていただいたあと、幸いにも、書店研修で実際に某出版社の営業マンと書店員さんのやり取りを見せてもらうことができた。本を売りたいという共通の利害、連帯感もありつつ、やはり「うちの本をぜひ」という版元営業マンの主張がある。それでいて、仕事抜きに本好き同士、趣味か仕事かわからないようなおしゃべりもする。それはとても興味深かった。

結果的に、小説の中に営業マンとその仕事が少なからず描かれることになった。最初プロットを考えた時には、版元の営業を小説にあまり出すつもりはなかった(編集者については、主人公の夫の職業を編集者にするつもりだったので、ある程度、出てくるだろうと思っていたけど)。
だけど、そのおかげでエピソードにもふくらみが出たし、最初に思ったよりも面白いものになったと思う。取材の醍醐味は、こういうところだろう。本で調べるだけでは決して味わえない広がりがある。前回の小説は、まったく取材はしなかった。強いて言えば、ファッションブランドについて、スタイリストの友人に意見を聞いたくらいだ。だから、今回は取材をして書くということの面白さが新鮮だったし、楽しかった。この楽しい気持ちが小説に反映できれば、きっと面白い小説になるだろう、と思った。

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発売日決定

再校ゲラを戻したあと、しばらく脱力した。
思った以上に、ほっとしたらしい。半日、寝込んでいました。

第2作の正式タイトルは
「ブックストア・ウォーズ」(新潮社刊)

10月22日(配本は18日)発売です。

発売前に「波」に紹介記事を載せてくれるそうです。
有難いことです。

これから、作品の内容や制作過程のことも、少しずつこのブログに書いていきます。

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非読書週間

現在、執筆期間中、ということは、非読書週間ということでもある。
前にも書いたかもしれないが、自分が原稿を書いている時は小説が読めない。まあ、書き方に詰まった時、先達の作品を参考として読ませていただくことはあるが、その場合でも自分の書いているものとあまり遠いものは選ばない。参考にならないし、何よりその作品に引っぱられるのが怖いのだ。自分の書いている作品のトーンが変ってしまう気がするのだ。

これが、自分の未熟さゆえか、と思っていたらそうでもなく、桐野夏生さんなどは執筆期間中は新聞も読まないのだ、と友人が教えてくれた。さすがの集中力だと思う。でも、未熟な私はそこまでの集中は出来ず、かといって、読書をまったくしないのも寂しい。趣味(というか仕事でもあるわけだけど)が読書の人間なので、手元に読みかけの本がないのは落ち着かないのだ。

それで、最近、編み出したのは小説ではない本を読むこと。作品世界の気分に浸らなくてもいいタイプの本を読むことだ。それで本棚の奥から阿部謹也全集を引っ張り出して来て、1巻の「ハーメルンの笛吹き男」から読み始めた。学生時代、西洋中世史のゼミにいたから、この手の本を読むのは嫌いではなかったはずだが、卒業してからはとんとご無沙汰。なかなか読み進まない。1日に1章読めればいいところ。そのあたりで力尽きてすみやかに睡眠に入ることになる。

でも、そこがよい。ちょっとずつちょっとずつ錆びついた頭を動かして、古の西洋に想いを向ける。あまりにも遠い世界だから、今書いている小説にも、日常にも、まったく影響がない。そして、この、ちょっとずつ読むことがなかなかよい。「ハーメルンの笛吹き男」は一般書として書かれたものだが、やはり学者の文だから1行ずつ丁寧に読まないと、たちまちわからなくなる。集中が途切れると目が字面を追っているだけ、ということもよくある。だが、一生懸命読むと、ちょっとずつ進んでいく。まるで小説を書く作業そのものだ。
書くのが進むのと同時に読むのも進む。今のものを書き終わる頃には、この全集の1冊か2冊は読み進めるのではないだろうか。

実は老後の楽しみにと買っていた全集だったりするが、新しい活用法を見出したようで楽しい。当分は、執筆期間中に読む本には困らなさそうだ。

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ウォーミングアップ

3作目執筆のためのウォーミングアップに入る。
漠然とこんなストーリーというのは出来上がっているし、登場人物の設定も大まかには出来上がっている。それで、シーンとかセリフとかを思いつくままノートに書き出したり、登場人物の細かなプロフィールを詰めていったり、とそういう作業に取り掛かっている。

同時に、イメージを触発されそうな本を探している。私の場合、「こんなテンションで書こう」とか「こんなカタルシスを真似したい」というお手本があった方がいい。
最初の「辞めない理由」では「ガラスの仮面」と「女たちのジハード」を目指していた。2作目は一条ゆかりさんの「プライド」と唯川恵さんの「肩越しの恋人」、荻原浩さんの「メリーゴーランド」を参考にさせていただいた。
実際に本を読まれた方は「どこが?」と思うかもしれない。シーンをそのまま真似するというわけではないし、プロットを似せているわけではない。具体的にどこがどう、というのではなく、私的に触発されたイメージを参考にさせていただいている。

前2作は描きたいことが明白だったし、わりと参考文献も決めやすかったのだが、今回はちょっと難航している。実のところ、男の視点で描いてみたい気もあり、ただそれだとハードル高い気もし、かといって主人公の女性は自分自身と重なるところが少ないので、感情移入が難しそうだな、と思う。
それで、参考文献も実はまったく思いつかない。思いつかないということは、書くときのトーンとかテンションが決まらないということなので、ちょっと困っている。そこが決まらないと、プロットにも入れないし。

そんなわけで、自分の本棚を漁ったり、本屋さんや図書館の棚を探したり、という毎日。それが決まれば、わりと今回は自由に書ける気もするんだけど。
もうちょっと書き出すのには時間がかかりそうである。

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原稿の直し続き

原稿を直していて面白いのは、あとから気づいたエピソードを追加すると、それがぴったりと前後関係にはまる場合があること。読み直してみると、まるで最初から計算してそこを書いたようにしか思えない。
こういう時は「自分って、天才」と、瞬間、うぬぼれる。まあ、そう思いたくなるくらい、自分の意図を超えて筆が動くというか。書きながら「そうか、そういうことだったのか!」と自分で発見することもあって。
それは直しでなくても、書いている最中にも時々、あったりする。私の場合、一言一句頭の中で組み立ててから書くのでなく、なんとなくのイメージだけ浮かべながら、文章をそれに近づける。だから、書き出すまでどんな文章を書くかわからないこともある。それで、たまに意図した以上のシーンが書けたりするわけで。

こういう時は、書いていて楽しいです。おそらくそういう時は原稿にうまく集中できている時なんだろうな、と思う。そんな日ばかりだと、筆がさくさく進むんでしょうけど、なかなかうまくいきません。たいていは、辛い日の方が多いけど、たまに訪れる自己満足の瞬間があるから、なんとかやっていけるんだろうな、と思う。

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原稿の直し

編集者との打ち合わせをもとに、原稿の手直しを始めている。

2度目に打ち合わせしてわかったことは、主人公の在り方について突き詰めが足りないということ。実は今回もハードな話になるので、主人公はわりとお気楽な感じにしたかったんだけど。いじめられてもめげない、深く考えない、おおらかな感じ。
でも、もう一人の主人公との対比からいけば(今回は主人公がふたりになる)、もうちょっといろいろ考えるシチュエーションにしてやらないと。無神経な、嫌な女に見える、と編集者には言われてしまった。
その辺は、キャラクターをどう解釈するか。どういう人間像が好ましいと思うか。つまり好き嫌いの範疇でもあるので、実は微妙なところ。しかし、編集者が納得されなかったというのは、私の書き方が説得力に欠けるということだろう。まだまだ精度が足りない、ということだ。そういうわけで、直しにかかることにした。
どういう風に直したらいいか見えてはいるので、あとは書けばいいだけなのだが。イメージしているように直すとなると100枚くらいは書き直しだなあ。とほほ。

有難いことに、編集者は「納得いくまで直しましょう」と言ってくださっている。原稿が完成してから発売予定を決めるらしい。今まで編集者としてはスケジュールありきの仕事ばかりしていたので、これには少し驚いた。1年間のスケジュールをあらかじめ決めてから作家に依頼するような仕事のやり方を、今まで編集者としてはやってきたから。これはライトノベルというスピード重視のジャンルだったから特にそうなのかもしれない。しかし、それ以外のジャンルでも、予算管理の厳しい出版社になればなるほど、スケジュールありきの仕事になってくるだろう。また、直しに付き合うのは、それだけ手間がかかるので、あまりやりたがらない、あるいは忙しくてそれが出来ない編集者も多いのだ。「これくらいの完成度であればいいや」と見切りで出されることの方が実は多いのではないか。

しかし、原稿があがってから発売日を決めるのが本来、あるべき姿だし、それを許してくださる出版社というのは、とても懐深いと思う。依頼が来た時には深く考えなかったが、第2作でこういう仕事をよしとする出版社、編集者に恵まれたのは僥倖だと、今更ながら思う。結局、半端な作品を出して困るのは著者自身なのだから。
考えてみれば、1作目のパルコ出版もそうだった。書き馴れなくてじたばたする私に対して、実に鷹揚に編集者の方は直しに付き合って下さった。なんとか形になったのは、担当編集のその鷹揚さのおかげだと思う。この世知辛い業界で、続けてこういう形で本が出せるというのは、実は私はついているのかもしれない。

しかし、そんなわけで、第2作の発売はまだまだ先になりそうだ。でも、こうなったら腹を括ってやれるところまで頑張ろうと思う。

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下訳

先日、書店のイベントで翻訳家同士の対談を聞いたのだが、翻訳というのは、まず下訳をやるのが普通だそうだ。
つまり、最初から完全な日本語の文章にするのではなく、最初は荒く、直訳に近い形で訳す。それが終わってから全体を整えていく。つまり、日本語として響きがいい、美しい形に仕上げていくのだという。
なかにはそれをやらないで、いきなり逐語訳をやっていく人もいるそうだが、ごく少数だし、むしろそちらの方が上がりは遅くなったりするらしい。

言われて見ればそうだろうな、と思う。英語を日本語に直すことと、日本語としてよりよい文章に仕上げることは、違う技術を要する。両方、同時にやるとそれだけ一文一文に時間がかかるわけで、実は効率が悪いし、精神的にも辛いだろうと思う。

さらにその話を聞いて思ったのが、自分の小説の書き方は、翻訳と同じだな、ということ。最初に荒く物語りを書く。細かいエピソードや登場人物の行動などは、ここで作っていく。実際のところ、事前にプロットは作っていても、書き出してみるといろいろ抜けがあったり、思わぬ展開になったりするし。この段階は書き飛ばしているので、細かい説明は省略したり、会話文もいいかげんだったりする。それで、とにかく最後まで物語を作る。これがいってみれば、下訳の段階。
そのあと、最初から見直して、抜けてた部分を補足したり、文章を整えたりする。全体のテンポを整えたり、複線を張ったりという作業もしていく。これが終わって、ようやく小説が自分的には完成したことになるが、この修正の段階で100枚くらい足し、同じくらい削ったりする。章を丸ごと削ったり、入れ替えたりもする。つまりほぼ全面改稿に近い。

だけど、翻訳と違って、小説でこういうやり方をしているのは少数ではないか、と思う。1度書いた原稿は直さないという作家も多い。連載では絶対できないやり方だし、たくさん仕事抱えていたら、1作1作にそんなに時間も掛けられないだろうし。
最初から美しく整った原稿を書けるのが職業作家なんだろうな、とは思う。でも、自分はそれしかできないのだから仕方ない。結局、そちらの方が自分的には早くあがるし。人それぞれやり方が違うんだから、それでいいとは思うものの、なんだか不安。慣れて来れば最初から決定稿に近い形で第1稿が書けるのだろうか。
今できることは、とにかく毎日必ず書くこと。少しずつでも書き進めて、第1稿が上がる時間を短縮することですね。とにかく、精進しろよ、自分。

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名前のこと

次の作品をすでに書き始めているのだが、案の定、名前をつけるのに苦労している。
頭だけでひねりだすものだと、なんかリアリティがない。偏りがある。
困っていたら、友人が「旦那の名前を使ってもいい」と言ってくださったので、有難く使わせていただくことにした。

これが、なかなか使い勝手がいい。その旦那さまのことを知っていると、イメージがチラついたり、遠慮も出てくるのだろうけど、会ったことがないので縛りがない。それでいて、自分の中からは絶対、出てこない名前だけに、新鮮。
やっぱり、実在の名前にはかないません。

そんなわけで、息子の昔のクラス名簿を引っ張り出してきて、名前を拝借することにした。フルネームではまずいので、名簿順の1番の姓と2番の名前を足してみたりとか、やってみる。小説といえど、つけた名前で行動パターンが変わってくる気がするので、なるべくイメージに近い名前を探したい、と思う。
さらに、大事な役の名前については、姓名判断のHPで性格をチェックしたりもしている。
すごく気に入った名前については、占いでも不思議と性格が当たっている。今回の主人公のひとりについては「意地悪なところもある」と出て、「ぴったり」と思ったり。
いまいちかな、と思っていると、やっぱり占いでもしっくりこないし。

こういう作業は実に楽しい。考えているうちが、花ですね。
書き出すといろいろしんどいことばかりになってしまうのですけど。

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見本が届く

ここ2,3日、体調悪くて臥せっていた。どうも気候の変化に弱くなっているらしい。
頭が痛くて熱っぽい。熱っぽい、というのが曲者。いっそガンと熱が上がればあとはさっとラクになれると思うのだが、微熱はだらだらと不調があとを引く。

が、そんなとき、朗報。見本が出た、との連絡。
え、もう?来週になるんじゃなかったの?
印刷所さんが頑張ってくれたんだな。ありがたい。
しかし、体調不良で動けない、と言ったら、森さんがバイク便で2冊、届けてくれた。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
本を見たら、一発で元気が出た。

やっぱりゲラやサンプル本では伝わらないなにかが、現物にはありますね。
原稿だけだと著者のがんばりだけど、いざ本になったときには編集者とかイラストレーター、デザイナーや印刷所の人のパワーが加味されているような気がする。
それから、今回は帯の裏に読んでくれたワーキングマザーの応援コメントが刷られているので、その方たちのパワーももらっているし。
みんなに応援されてこの本は生まれたんだなあ、とつくづく幸せに思います。

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森さんのこと

宮川さんのほかに森さんという編集の方がフォローに付いてくださることになった。宮川さんが忙しいことと、森さんが営業から異動してきたところなので、宮川さんのフォローに入りつつ、編集の仕事を覚えていくということなのだろう。
先日、ご挨拶させていただいたのだが「初担当です」と言われ、なんかどきどき。私も作家としては初めてなんですが。

しかし、宮川さんの「この作品のスタッフはなるべく女性で」という意図が利いているのか、森さんも女性。私よりかなり若い、チャーミングな女性なのですが、不安なことがひとつ。森さんは「押井守監督のファンなんです」とおっしゃった。押井監督は知る人ぞ知るカルト映画の帝王(といっても過言ではない)。若いのにそんなマニアックな世界にはまり込んでいたら明るいセイシュンから遠くなるのでは、と実は「イノセンス」大好きな私は秘かに案じるのでした。

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カバーデザイン、アップ

カバーのデザインがあがった。

ああ、こう来たか、と思った。所謂、文芸っぽい表紙とは全然、違う。
色味が黄緑で、紙もぴかぴか。こういう表紙って、あまり見たことが無い。
これが文芸の棚に並ぶと、相当目立つんじゃないかな。おかざきさんの絵のおかげもあって、すごく印象にも残るし。いいよ、これは。
やるな、デザイナーさん。
おまけに、トレーシングペーパーの帯。これは、値段が高いので自分が編集したものには1度も付けたことがない(こども向けの安い価格の本ばかり作っていたから)。紙質が好きだから、付けたかったんだけどね。だから、この帯にはちょっと感激したりして(笑)。

いい意味で、いろいろ自分の予想を裏切られた。
私がもし、おかざきさんの絵でデザインを頼むとしたら、全然違った発注をしたと思う。絵が華やかな分、もっとデザインは地味にしただろう。保守的かもしれないけど、文芸らしさも出さなきゃ、と思ったにちがいない。

でも、コーディネートする人間が違うと、全然、見方が違う。むしろ編集の宮川さんやデザイナーさんは、思いっきり文芸っぽさを無くした表紙を目指しているのだろう。確かに、この小説の場合、それが正解だろう。自分の小説なので、客観的には見られない部分がある。だから逆に私は保守的なデザインをイメージしていたのかもしれない。

しかし、ほかの人に委ねるって、面白いなあ。自分のイメージを越えていろいろ発展していくんだなあ。その過程が今はとても楽しい。

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イラスト完成

今日は嬉しいことがあった。
おかざきさんのイラストがアップしたのだ。
編集のM川さんがファックスで送ってくれる。

カッコイイ!
まっすぐな視線で挑むようにこちらを見る女性のアップ。
職場で戦う女性の凛々しさがある。華もある。
さすが、おかざきさんだと思う。
こういう表紙でとても嬉しい。

イラストはモノクロで、デザイン処理を施すことになっている。デザイナーさんがどんなふうに加工してくれるか、これも楽しみだ。

イラストがあがってくると、着実に本の制作が進んでいる気がする。
最後の直しも半分くらい、終わった。
今週末、続きを頑張ろうと思う。

それから、今日はもうひとつ、嬉しいニュースを聞く。
若い友人たちが、ついに結婚を決めたという。
見ているとこちらもなごんでくるような、癒しオーラが出ているふたりなので、穏やかな家庭を築くのではないかしら。
おめでとう、末永くお幸せに。

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ペンネーム決定

先日、編集のM川さんに会ったとき、ペンネームの件を相談した。
「いいんじゃないの、碧野 圭のままで。べつに東野圭吾さんに似ているとは思わないけど」
とのこと。

同じ6字の名前でほかに碧野 サキとかも考えたのだけど、これはイギリスの作家のサキにちなんだもの。だけど、いまいち字面がきれいでない。
それに考えたら、結局、こっちも別の作家にあやかることになる。だったら、東野さんでもいいじゃん。日本の誇るベストセラー作家なんだから、ということで、開き直ることにしました。

こんないいかげんでいいのだろうか。

とにかく、ペンネーム、碧野 圭(あおの けい)で決定です。
めでたし。

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おかざき真里さんに会う

発売まで2ヶ月というのに、ペンネームは決まらないし、原稿の手直しも残っている。
だめだめな私。

だけど、編集さんはちゃくちゃくと仕事を進めている。
表紙のイラストが決まったと電話が来る。
「サプリ」でブレイク中の漫画家おかざき真里さんにOKをもらったそうだ。やったね!

おかざきさんにお願いすることになったのは、「サプリ」が働く女性を主人公にした業界ものなので「辞めない理由」のテイストと近いから。さらに、おかざきさん自身がワーキング・マザーだと聞いたら、もうお願いするしかないでしょう。ものはワーキング・マザー小説なんだから。

それで、編集者とふたりでおかざきさんに会いに行った。
おかざきさんはやっぱり本人の描かれるキャラクターに似ている。可愛くてお洒落。それに可憐な声が印象的だ。
3人ともワーキング・マザーなので、しばし子育て論議で盛り上がる。初対面なのに。
それから、ようやく仕事の話に移る。
我々の説明を聞いて「こんな感じかしら」とおかざきさんはペンを走らせる。あっという間に、4パターンも。
漫画家さんはすごいなあ。
ペンでささっと描いただけなのに、どれも凛とした雰囲気がある。思わず見惚れる。
打ち合わせが終わって「じゃ、これは」とおかざきさんがかばんにラフを仕舞ってしまうまで、目が離せませんでした。

欲しいなあ、そのラフ。

と、思ったけれど。初対面なのにミーハーと思われたくなかったので、なにも言いませんでしたよ、もちろん。

あと3回くらい会ってから、色紙にサインをもらうことにしよう。

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登場人物の名前

自分のペンネームはなかなか決まらないが、主役の名前を決めるのは早かった。
まず、名前は自分たちの世代でよくある名前にしようと思った。

よくある、そうだな、和美にしよう。友達にもふたりもいたし。

名前が和美なら、苗字は少し珍しいほうがいいかな。
うーん、七瀬はどうだろう。ちょっとお洒落な感じ。
いろいろトラブルを乗り越える主人公だし、七転び八起きなかんじでいいな。

よし、七瀬和美で決定。

この間、1分。

ちなみにこの名前を占いでみてみると、

44画。忍耐強く、努力家。しかし、偏屈で強情な一面もあり、人間関係のトラブルを招きやすい。

いいかげんに決めた割には恐ろしいほど当たっている。
ちなみに職j表運はたいへん強く、大きく発展する、とある。小説の中でも、会社でさんざんな目にあいつつも、最終的には大成功を収めて出世するわけなので、職業運についても当たっている。占い、侮りがたし。

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ペンネーム2

占いでペンネームを決めるというのもどうかと思うけど、やっぱり長くつきあうものだし、悪いよりはいい、とされるものをつけたい。
ちなみに息子の名前をつけるときも、最終的には占いで決めました。女の子なら姓が変わることもあるけど、男の子は(おそらく)一生変わらないだろうからね。
もちろん、いい名前だって悪いことは起こるかもしれないけど、あとで「名前が悪かったから運が悪いんだ」とは言われたくないじゃん。

「碧野 圭」は総画数31。31というのは、女性の画数としては最もよいもののひとつらしい。仕事と家庭とを両立できる運勢なんだって。家族持ちとしては惹かれる画数ですね。仕事と家庭の両立というのは、課題ですから。
圭でないとしたら、画数が6になる別の名前を探せばいいのですけど。しばらく圭のつもりでいたので、結構、なじんでしまった。
やっぱり、このままでいこうかなあ。

本の宣伝とか印刷の都合があるから、あと10日とか2週間くらいのうちには決めなきゃいけないんだけど、まだ迷っています。

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ペンネーム

早ければ4月、遅くとも5月には「辞めない理由」発売決定。それはよいのですが。

実は、まだペンネームが決まっていません。

ペンネームについて、最初に考えたのは「碧」という文字を使いたい、ということでした。
碧は、ふつうみどりとかへきとか読みますが、あお、と読ませることもできます。
あおに野原の野で、あおの、きれいなイメージでいいじゃないか。
これを姓にしよう、ここまではすんなり決まりました。

さて、名前。これは思い浮かばない。

浮かばない。

浮かばない。

ということは、なんでもいいということだから、占いで決めよう。
それで総画数から選んだのは、圭という名前。

碧野 圭 (あおの けい)

いいんじゃないの。なんか作家っぽいし、編集さんも涼しげでいいといってくれたし。
もう、すっかりその気になっておりました。あちこちで吹聴しておりました。

ところが、つい昨日のこと。ある友達にペンネームを聞かれて話すと

「東野圭吾に似てない?」

げっ、言われてみれば、そうかも。
作家っぽいっていうのは当たり前だ。今を時めく直木賞作家様と似ているわけだから。
やっぱ、これはだめかも。

というわけで、頭がまっしろです。
どうしようかなあ。

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