骨髄バンク
先日、友人とある小説の話をしていた。少し前に大ヒットしたものだが、そのオチの部分に骨髄バンクの話が出てくる。小説として素晴らしいし、私もとても好きな作品なので、あまりケチをつけたくないが、私がいまいちぴんとこなかったのは、1度骨髄を提供した人が、次のチャンスをしきりに待っている、という部分だ(もちろん、提供者がどうやって患者の情報を知りえたか、ということもありますが)。そうそう、提供の依頼はこないと思うのだが。
実は、私も骨髄バンクにドナー登録している。もう3年近くになるが、いまだのなんの連絡も来ない。事務局からの新聞を見ると、登録しても5年、10年、連絡がないこともざらにあるらしい。登録したからには提供したい、と私も思うのだが、このまま提供することもなく、卒業(提供できるのは54歳まで)になったらどうしよう、と思う。
ドナー登録している話を友人にしたら「偉いね」と感心されたが、エライというよりは、私的にはロマンだと思う。親でも兄弟でもなかなか適合しない白血球の型(HLA)が、見ず知らずの誰かと適合する、しかも、その相手の命を救えるかもしれない。これは、すごいことだと思いませんか? しかも、その相手やその人を愛するひとたちに、とっても感謝されるというおまけまで(おそらく)つくんですよ。
もちろん、提供にはリスクがないわけではないが、それにしても、確率はものすごく低い。交通事故に遭う確率の方がよっぽど高いんじゃないだろうか。そんなことを恐れて、提供を躊躇するのは、すごくもったいないことだ。
実は骨髄バンクは私の学生時代から設立の動きがあって、それを知った時点で、私も参加しよう、と思っていた。しかし、当初は登録のための検査だけでも結構、たいへんだと聞いていた(今は献血並みのお手軽さ)し、万一、提供することになったら、4日から1週間くらいの入院が必要になる(これは今も変わらない)。子育てしながら会社員をしていた頃は、それだけの休みを取るゆとりも体力もなかった。だから、会社員を辞めてゆとりができ、ドナー登録できた、というのは、長年の宿題を果たしたようで嬉しい。
しかし、もうちょっと早く提供者になっていれば。
もしかしたら、私の型が本田美奈子さんに合ったかもしれないのに。
そう思うと、とても残念である。



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