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本屋さんもの2

作家の中には書店に勤めたり、アルバイトを経験したことがある人もいる。さらに、編集者でも、ちゃんと最初から正社員として採用された人であれば、書店研修を受けている場合が多い。しかし、私はそうでなかったので、一度も書店で働いたことがない。
よくまあ、それで書店の話を書く気になったものだ、と思う。

実は、書店の話を書こうと思いついた時(昨年の5月ごろ)には、「配達あかずきん」も「暴れん坊本屋さん」すら知らなかった。友達にプロットの相談をした時に教えてもらって初めて知った。さらに、書店員さんのやっているブログや「書店風雲禄」のことなども教えてもらい、自分でも調べていろいろ書店関係の本を買い込んだりした。そうしたものには、現場にいた人だからこそ書けることがいろいろ詰まっていた。とても面白かったし、いろいろ考えさせられた。

しかし、自分に書店で働いた経験が無いからダメだ、とは一度も思わなかった。前作は、編集の現場を知っているから書けた部分も大きいと思うが、部外者だからこそ書ける物語だってある、と思う。今度の話はそういうものになるだろう、と思ったのだ。

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本屋さんもの

第2作は、タイトルからわかるように、本屋ものである。
前作を書き終わったとき、次は女性ふたりの対決ものを書きたいと思った。実は「辞めない理由」の主人公の和美は戦わない女だった。まあ、年齢的なこともあるけど、嫌な相手にも仕返しするわけでもなく、ただ我慢する女である。
だから、次はもうちょっとアクティブな性格の女を描こうと思っていた。たとえば、一条ゆかりさんの「プライド」とか「デザイナー」みたいに、言いたいことをずばずば言ってしまう女が描きたかった。
さらに、できれば女性が多い職場の物語にしようと思っていた。女性の集団は独特だ。そのおかしさみたいなものも書いてみようと思ったのだ。
だが、最初は化粧品会社の話にしようと思った。女性の働きやすい職場のナンバー1が資生堂だと何かの記事で読んだからだ。しかし、化粧品会社については接点がほとんどなく、どういう切り口で書こうか、と迷っていた。

そんな時に、前作のために書店周りをすることになった。このブログでも書いたが、50軒ほどの本屋さんを周らせていただいたのである。そこで、いろんな本屋さんに会った。昨今の厳しい本屋状況にもめげず、生き生き働いている人をたくさん見た。営業の人が選別してくださったこともあるだろうが、優秀な人にもたくさん会った。いろいろ話をさせていただいて実に楽しかったし、いろいろな売り場を見るのも面白かった。
それで、「そうだ、本屋さんの話を書こう」と突然、閃いたのだった。自分に何の取っ掛かりもない化粧品会社よりも、本屋さんの方がはるかに楽しいし、勉強にもなる。本屋さんは女性が多い職場でもあるし。そう閃いた途端、プロットも思いついた。同行していたパルコ出版の編集者に「こんな話はどうだろう」とべらべらしゃべったことを覚えている。
場所は池袋の地下街。リブロを出て、ジュンク堂へ向かう途中のことだった。

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発売日決定

再校ゲラを戻したあと、しばらく脱力した。
思った以上に、ほっとしたらしい。半日、寝込んでいました。

第2作の正式タイトルは
「ブックストア・ウォーズ」(新潮社刊)

10月22日(配本は18日)発売です。

発売前に「波」に紹介記事を載せてくれるそうです。
有難いことです。

これから、作品の内容や制作過程のことも、少しずつこのブログに書いていきます。

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再校ゲラを戻す

普通は著者が再校ゲラをチェックすることはあまりない(校正者の不明点だけ確認することが多い)が、今回は初稿の赤があまりにも多かったので、再校も見せてもらうことにする。
とはいえ、赤が多くなったのはこちらが悪いので、進行の妨げにならぬよう、昨日の朝届いたゲラをその日の夜には戻すことにした。
さすがにもうそれほど赤はないので、チェックもラクなもの。文章的には初稿よりかなりましになった。通して読むと、結構、おもしろいじゃん、と思ったりもして。

夜には編集者に渡して、第2作の実作業はようやく終わった。
発売は来月後半。ようやく間近になってきた気がする。

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安倍首相の功績

予想どおり、マスコミで安倍叩きが始まっています。
まあ、首相の悪いところはいろいろ出ているので、ひとつだけ私が安倍首相を評価した点を書こう。
造反議員の復党を許可したところだ。
そこだけは、ちょっといい、と思った。

造反議員の追放というのは、実に嫌な事件だ。私自身は郵政民営化の問題自体を語るほど詳しくもないし、意見もない。しかし、それを決議するに当たって起こった一連の騒動は、ここ数年、政治をめぐるさまざまな出来事のなかでも最も嫌な事件だと思う。
郵政民営化を支持しない、それだけの理由で自民党を除名。
それを聞いた時は、なんだ、そりゃ、と思った。党議拘束に反するというが、これではまるで女のイジメだ。政治家にはいろいろな支持母体があり、それぞれの立場の利害を代表している。自民党議員といえど、簡単に支持できないこともあるだろう。まあ、郵政に関してはある種の政治家の利害と密接に結びついていて、だからこそ改革をしたかった、ということなのだろう。だが、そういう議員も含めての議会だし、政党だ。実際、反対ではなく、もう少し審議しようと提案した人まで問答無用に切り捨てる必要があったのか。さらに、刺客(この言葉自体、なんだ、と思いますよ)を送って彼らの再選すら阻む。彼らが政治家であり続けることすら否定しようとする。なんていじましくて、嫌らしいやり方だろう、と呆れた。

総理に反対する者は絶対に許さない。反対の意見さえ言うことは許さない。話し合うことさえ認めない。これは強いリーダーシップという範疇を超えて独裁者の態度だ。民主国家のやり方ではない。まだ今回は郵政民営化ですんだからいいようなものの、同じようなことを憲法改正とか、さらに重要な案件でやられたら、たまったもんじゃない。右傾化への足音が聞えるようだ。

だから、安倍首相が条件付きながら、造反議員と言われた人の復党を認めた時は、正直ほっとしました。この人は少なくとも独裁者ではないな、と。もっとも、この行為も安倍首相のKYなことのひとつとして、散々悪く言われましたけどね。
まあ、そんなKYな行為の連続で、自民党の独裁化にストップを掛けた。私は自民党に限らず民主党でも、一党独裁は危ういと思うので、もしかしてこれが一番の安倍元首相の功績なのかもしれないな、と思いました。

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首相退陣

関係ないけど、突然なので驚きました。
安倍首相がとくに嫌いなわけではないけど、なぜ今になって辞めるのだろうか。選挙直後に辞めていれば、勇退と言う人もいただろうに。
茨の道を覚悟で続投を決めたんじゃなかったのかなあ。

嫌いな言葉だが「場の空気が読めない人」という言葉が安倍首相には合っている気がする。選挙直後には「辞めろ」と言っていた人たちも、新内閣が発足して、じゃあもうちょっと見てみるか、と思っていた矢先だっただろうし。今辞めたらいろんなこと全部、中途半端なまま。国会の審議も始まったばかりなのに戦わずして逃亡ってわけで、反発くらうのは必至なのに。
前任者の小泉首相は意固地でマイペースなようでいて、実は「空気を読む」嗅覚がものすごく鋭かったので、余計目立ちますね。

それにしても、また内閣総入れ替えなのだろうか。大臣の人たちもたいへんですね。

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メカ音痴

私のパソコン歴は20年以上になる。今ではパソコンがなければ仕事にならない。手書きの原稿より、パソコンで書いた方がずっと早い。
だが、キーボードを打つことがちょっとばかり早くできるからといって、パソコンの使い方に習熟したわけではない。必要最低限のことしか覚えてないから、ちょっと変ったことが起こると、もうお手上げだ。

昨日、何かの拍子でキーボードを押し間違えたらしく、突然、ローマ字入力からかな入力に切り替わってしまった。夫か息子がいれば任せるのだが、昼間なので誰もいない。取扱説明書を見ても、ちっともわからない。どうしたらいいのだろう。まだ午前中も早い時間なのに、ここで仕事を中断しなければならないのか。1日無駄になるじゃん。
ヒステリーを起しそうになったところで、ふと、NECのサポートセンターに電話して聞こう、と思いついた。それで、連絡先を調べるためにNECのHPを見たら、操作法についてのよくある問い合わせとその対処法が掲載されているではないか。
そこから検索して、入力切替のやり方を見つけ、なんとか元に戻すことに成功した。

やれやれだ。
たったこれだけのことなのに、どっと疲れた。
こんなことさえ出来ないのに、よくまあパソコン使って仕事してるよ、と自分で思う。それに、サポートセンターのHPで対処法を探そうという発想がないあたりが、パソコンを使いこなしてない証拠だ。
しかし、だからといってパソコンに習熟しようという気はさらさらない。最低限のことが出来ればいいや、と思っているし、必要以上の時間をパソコンに費やしたくない。そう強く思うのは、メカに対する苦手意識からなのか。単にものぐさだからなのか。
まあ、そんな根性だから、20年パソコンを触っても、ワープロ以上の機能を使えないでいるんですけどね。

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ハワイ柄

この夏の新潮文庫のフェア特典はやられたなあ。ハワイのパッチワーク風の絵柄のブックカバー。すごく可愛い。ハワイ好きとしては心くすぐられるアイテムだ。しかも、文庫2冊で全員プレゼント。いつもなら景品目当てで本を買ったりはしないが、今回ばかりはなんとかしなきゃ、と思う。

問題なのは、欲しい本がないことだ。新潮文庫で欲しいものはすでに持っている。なんのかんの言っても、やっぱり一番書棚に多い文庫だもんね。何度も何度もフェアアイテムをチェックして、ようやく1冊選ぶ。上橋菜穂子さんの「精霊の守り人」。前から読もうと思いつつ、ファンタジーを読むテンションになれなくて買わずにいたもの。これなら、積んどけばいつかは読むだろう。だけど、もう1冊が選べない。結局、信玄好き(ゲームの影響です)の息子に無理やり「風林火山」を買わせて(というか買ってやって)応募権を2枚集める。これでとりあえずブックカバー1枚ゲットだ。

だけど、どうせなら色違いが欲しいな。青系1枚と赤系1枚あると嬉しいなあ。しかし、買いたい本がない。どうしよう。
「だから、フェアには安い古典も入っているんだよ」
と、夫が言う。2冊でプレゼントがもらえるというフェアの時、一番値段の安い古典がやたら売れるんだそうだ。だけど、この年になると、どんなに安い本でもいらないものはいらない。絶対に読まないと思うから。

そんなわけで、悩んでいるうちに、フェアが終わってしまった(応募はまだ締め切っていないが)。そうして今度は別の文庫が書店の棚を占拠している。9月フェアの文庫だ。うっかり欲しくなると困るので、フェアアイテムが何かは確認していない。

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ねにもつタイプ

絶対、読んだら面白いだろうし、読むべきなんだけど、と思いつつ手を出さなかった岸本佐知子さんの「ねにもつタイプ」。
先日、鍼医の待ち時間に入った本屋で結局、買ってしまいました。

いやー、面白い。
噂どおり、天才だ、この人は。
身近な、ありふれた出来事、たとえば子どもの頃愛用していた毛布だとか、目の中のゴミといったことから飛躍して、とんでもないところに結びつける。この人の手にかかると、平凡な日常もたちまちスペクタクルな、あるいは面白おかしい出来事へと変貌する。
頭の中を覗いてみたくなるような豊かなイマジネーション、芸としか言いようの無い、オチのつけ方のうまさ。
なにより文章がいい。突飛な語彙は使わないのに、ひとつひとつの言葉使いが粒だっている。
久々に上質の日本語の文章を読んだ、という気にさせられた。

って、なんとなくわかっていたから読みたくなかったんだけど。
才能のある人っていうのは、いるんだよね、ほんとに。
ただの読者としたら、こういう才能に会えたことを喜びたいし、即、本屋に走って岸本さん関係の本を買い漁りたいところだが、同じもの書きの端くれとしては、打ちのめされます。
小説でなく、エッセイなら大丈夫かも、と油断したのは失敗でした。3日ばかり落ち込みました。
まあ、天才と比べても仕方ないんで復活しましたけど、今の小説を書き終わるまで、岸本さんの本は読むまいと堅く決意をしたことでした。

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時代の音楽

先日、イーグルスのことを書いたが、実は今書いている小説で、主人公が昔聞いていた音楽の話をするシーンがある。話しているのは、私と同い年の男性と、もう少し下の女性という設定。昔、好きだった音楽の話というのは、結構、互いの距離を縮めるのに役に立つものだ。とくに、この年になると。

彼らが若い頃、何を聞いていたか、と言ったら、やっぱりイーグルスかな、と。
イーグルス、ジャクソン・ブラウン、J・D・サウザー、リンダ・ロンシュタットとか、その辺のウエストコーストサウンドの話をするのが無難でしょう。彼らの学生時代は、ポパイ文化の影響で、ウエストコースト的なものに対する憧れが強かったはずだから。
実はパンクなんかもあったんだけど、パンク好きとなると、ちょっとマニアックだし。
もっとも、あの当時、普通の学生は洋楽なんかはあまり聞かなかった気がする。
「サザンかオフコースを聞いていれば、たいていの女の子に話を合わせられる」
と言ってたナンパな慶応の学生がいたっけ。
あの頃は、今ほど音楽を簡単に自分の手元に置くことができなかった。レンタルレコードはまだ高く、音源を手に入れようとしたら、ラジオ番組表を見てエアチェックする(それでFM雑誌が売れていた)か、自分でレコード(CDも出てきたばかりの頃)を買うしかなかった時代。でも、だからこそ、今より音楽に対する想いいれも深かった気がする。洋楽など、主体的に聴こうと思わなければ、聴けなかった。だから、何を聴いているかで、その人の志向も判断できたのだ。

今は簡単に音源を手に入れられる。レンタル屋もあるし、携帯やパソコンからも簡単にダウンロードできる。息子を見ていると、ちょっと気に入った曲はどんどんipodだの携帯だのに蓄積させている。古い曲も結構、知っている。だけど、演奏しているミュージシャンについて尋ねると「知らない」と言うことも多い。ひとつひとつの曲への想い入れは、簡単に手に入る分、薄いのだろう。とりあえず、気に入ったから落としただけなのだから。
音楽が情報になってしまっている感じだ。音楽に限らず、本でも映画でも、最近はそうなのだが。多く蓄積することが大事で、その分、ひとつひとつは簡単に消費される。しかも、その傾向は、どんどん加速されている気がする。いいとか悪いとかではなく、そういうことで音楽の役割も変ってくるだろう。
しかし、そうなると、時代の音楽なんてものは、どんどん出にくくなるんじゃないだろうか。時代の音楽というのは、その時代の人たちが圧倒的に支持をした音楽とその歌い手、たとえその当時は嫌いだったとしても、否応無くその時代と結びついて存在を無視できない音楽や歌い手のことだ。戦後世代の人だったら美空ひばり。我々世代だったら、ユーミンがいる。しかし、今の若い人たちの時代の音楽って誰なんだろう。ひとりひとりの音楽の関心は昔より深いと思うし、聴いている量も多いけど、逆にみんなが聴く音楽というのは減っている。それはそれでいいのだろうけど、ちょっと寂しい気がするのは、古い世代の感傷なのだろうか。

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